2014/08/05

第1冊 人間だって動物です『動物感覚 アニマルマインドを読み解く』


動物感覚―アニマル・マインドを読み解く

ためになる奇書

 

とにかく、すごい本に出会ってしまったなぁ、という感じです。

『動物感覚』というタイトルではありますが、
本当に色々な読み方ができます。

 実用書であり哲学書であり科学書であり、
みずみずしいエッセイでもあります。

「動物といかに付き合うかについての本」であり、
「人間と動物との違いについての本」であり、
「自閉症についての本」であり、
「自閉症と動物の考え方の類似性についての本」であり、
「人間がどこまで動物で、動物がどこまで人間であるか
についての本」であり。

もしかしたら自己啓発書チックな読み方をして、
「皆が見落としてしまう問題を見つけ出し、解決する方法の手引き」としても、
「人間関係や組織の在り様についてのヒントを
与えてくれる本」としても、
役立てることが可能(かもしれません)。

なぜ、自閉症と動物感覚が関係あるの?


動物についての本が、どうして自閉症に関係するの?
と思われた方もいるかもしれません。

著者のテンプル・グランディンは、
自身も自閉症の動物学者です。

彼女は、自分が自閉症であるがゆえに
動物が何を見、何を感じているかが
わかるという自身の経験から、サヴァン自閉症
の人が示す特異な能力(見たままの絵を書く、
異常な記憶力を持つ、等)と、動物が示す能力
(予知とも思えるような知覚や、膨大な餌場を記憶して
おく空間認知など)が似たもの、もしかしたら同じもの
なのではないか、という着想を得て、その着想を
皮きりに、人間と動物の在り様を様々な角度から
切り出していきます。


この切り口、そして内容が、やたらと私に
響いたのは、おそらく私自身が、
自閉症スペクトラムとか発達障害と呼ばれる
ものに位置付けられてもおかしくないタイプの
性向を持っているから、ということもあると思います。


私は子供の頃、弁当を食べるだけで、 昼休みが
ほぼ終わってしまうくらい、ひどくマイペースでしたし、
また、クラスメートの名前を夏が過ぎる頃まで
憶えなかったり、ひとつ前の席の女の子がメガネを
かけてきただけで、「転校生」と認識したり、といった
具合でしたので、テンプル・グランディンの幼少期の
エピソードも、共感できる部分が少なからずありました。


そういう目で、本書を素直に読んでいくと、
ああ、人間といっても動物だから、こんな行動を
とってしまうのか、と目からウロコが落ち続けます。

 

人間。動物的な、あまりに動物的な


私が本書から受け取ったメッセージのひとつは、

「動物はおどろくほど人間的で、
人間はおどろくほど動物的であり、
人間は、さほど特別な動物ではない」

ということです。

言葉にしてしまえばシンプルですが、例えば、本書では
われわれ人間も動物も、ものごとの間に因果関係を感じる
仕組みをひとしく持っていると説明します。

動物と人間は、「確証バイアス」と学者が呼ぶものを、生まれつきもっていることがわかっている。ふたつの事柄が短時間のあいだに起こると、偶然ではなくて、最初の事柄が2番目の事柄を引き起こしたと信じるようにつくられているのだ。

(中略)

確証バイアスが組みこまれているために生じる不都合は、根拠のない因果関係までたくさん作ってしまうことだ。迷信とは、そういうものだ。たいていの 迷信は、実際には関係のないふたつの事柄が、偶然に結びつけられたところから出発している。数学の試験に合格した日に、たまたま青いシャツを着ていた。品評会で賞をとった日にも、たまたま青いシャツを着ていた。それからとは、青いシャツが縁起のいいシャツだと考える。
 動物は、確証バイアスのおかげで、いつも迷信をこしらえている。私は迷信を信じる豚を見たことがある。
(中略)

人間と動物はまったく同じやり方で迷信をこしらえる。私たちの脳は、偶然や
思いがけないことではなく、関連や相互関係を見るようにしくまれている。しかも、
相互関係を原因でもあると考えるようにしくまれている。私たちが生命を維持する
上で知っておく必要のあるものや、見つける必要があるものを学ばせる脳の同じ
部分が、妄想じみた考えや、陰謀めいた説も生みだすのだ。

(第3章 動物の気持ち p134~136)
 人間が、どれほど自分では理性的に考えているつもりでも、
この確証バイアスからはなかなか自由になれないわけで
人間が知恵をつけたつもりでも、実はものごとの捉え方としては
とっても「動物的」なまま、ということになるのですね。


脳の構造としても、人間は他の動物の脳に比べ、新皮質という最上部の
層が分厚くなっていますが、他の動物の脳を「建て増し」したような構造に
なっている、と言われます。


もっともらしく後知恵をつけても、行動原理はかなり動物的だったりする
のは、こうした脳の構造から言ってもある意味当然と言えば当然なのですが、
動物学者の知見から実例を挙げられると、もはや清々しいくらいです。


著者に言わせれば、新皮質、わけても前頭葉の機能が、
人間の動物的な特殊能力を減じている面もあり、
前頭葉の機能が抑制されている自閉症者に動物的な才能が
開花するのは当然、ということになるかもしれません。


思いあがるな人間


こういうことは人間の十八番だろう、と思われることや、人間ならではの
高度な知能がないと(良くも悪くも)出来なさそうなこと、逆に人間には
とても出来なさそうなことを、動物がやすやすとこなしてしまう例もほんとうに
色々紹介されています。

渡り鳥が六五〇キロの経路を誤らずに憶えたり、ハイイロリスが
木の実を埋めた場所を何百か所も憶えていたり。
戦争をするチンパンジーもいるし、 集団レイプや虐殺をしてみせるイルカもいるし。
クジラは韻を踏んで歌い、ウタスズメは即興でソナタを歌う。

特に私が驚いたのは、以下の例。
(前略)
プレーリードッグのコロニーには、名詞、動詞、形容詞をそなえた意思伝達
システムがあることを発見した。ガニソンプレーリードッグは、どんな種類の
捕食者――人間、タカ、コヨーテ、犬(名詞)――が接近しているのか、
捕食者がどんな速度で移動している(動詞)のか教えあう。人間が銃を手に
しているのかいないのかも知らせる。
(中略)

人間が近づいてくるのを知らせるときには、体の大きさや形ばかりか着ている
服の色(形容詞)まで教える。ほかにもいまだ解読されていない鳴き声は
たくさんある。
(p359-p360)
プレーリードッグがここまでの言語を用いているとは、正直驚きでした。
人間は自らを万物の霊長と思っていたりしますが、賢い、賢くないの尺度が
人間ベースなだけで、まぁ、人間の思い上がりなのかもしれません。

動物だ、と思って生きる


単純に雑学を仕入れるために読んでも充分面白い本ですが、いま
何らかの生きづらさを感じている方にも、うすっぺらな対人関係の本を
100冊読むよりも、これを1冊読むことをお勧めします。


読書に慣れていない方とかは、うすっぺらな本を100冊読むより
大変かもしれませんけど(笑)、内容の面白さと編集者や翻訳者の
技量のおかげで、分厚いのに飽きずに読み進められます。


この本の凄い所は、一読したのち、自閉症もそうでない人も含めた人間に
対しても、動物に対しても、これまでとは明らかに見る目が変わる、ということです。


いきなり本にいどむのはチョット、という方は、著者のTEDでの講演を
ご覧になると良いかと思います。私はこれで、彼女のファンになりました。


動物感覚―アニマル・マインドを読み解く

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